ベルカ戦争終結後10年経過してから、つまり2005年頃のコメントと思われます
04や5に繋がる色々な証言が見れて非常に面白いです
さらに部隊名の意味も、見てみると色々と面白いものがありますので
全部調べてみました
※長いので分割しました。No.000〜No.041まで
-6/8 追記-
TACネームについても調査
-7/1 追記-
前回調べたのはTACネームじゃなくてただのニックネームだった模様
攻略本にエースたちのTACネームが記載されていたので調査
番号 パイロット
部隊名/機体名
年齢/性別/国籍
ゲーム内でのコメント
ミッション/難易度/ランク
コメント
部隊名の意味
No.000 Frank Friedrich フランク・フリートリヒ
Tiger/F-5E
38/MALE/BELKA
95.04.02「クロスボー作戦」にて撃墜
戦闘訓練に於き、敵部隊の戦闘飛行をシミュレートする、アグレッサー部隊に所属
戦況悪化により前線へと配置変換された
現在はノースオーシア州ハイエルラーク空軍基地で指導教官を務める
と思いましたが、オブニル・グラーバクはアグレッサー部隊ではなかったですね。
しかしハイエルラーク空軍基地教官ということは、ブレイズやエッジたちの教官の可能性はありますね
Ti・ger[独]
[ティーガー](男性名詞)
(動物)トラ
No.001 Felix Boesch フェリックス・ボーシュ
Blitz/J35J
29/MALE/BELKA
95.04.02 「クロスボー作戦」にて戦死
ヴァレー空軍基地攻撃の際、行方不明に。戦後山中から遺体発見。
デンタルレコードにより身元を確認、遺品及び亡骸は遺族の元に
返還されている。
ACE/M01/S
Blitz[独]
[ブリッツ](男性名詞)
【1】稲光,いなずま((英)lightning)
【2】(口語)(カメラの)フラッシュ(=Blitzlicht)
No.002 Rudi Kaltz ルディ・カルツ
Dryade/F-4E
28/MALE/BELKA
95.04.02 「クロスボー作戦」にて戦死
87年に志願兵としてベルカ空軍入隊
ベルカ軍のウスティオ侵攻作戦に於いて優れた戦績を残す
ヴァレー空軍基地空戦で、同基地所属傭兵部隊に撃墜され戦死
Dryade[独]
[](名詞)
木の精、森の精
No.003 Oswald Baermann オズヴァルド・ベイエルマン
Regen/F-117A
34/MALE/BELKA
95.04.02 「クロスボー作戦」にて撃墜
終戦後、南ベルカ(現ノースオーシア)に潜伏
数人の元ベルカ軍兵士を率い、テロ組織「暁の鷹」を結成
オーシア連邦中心に於いて発生した、7件のテロ事件に関与。現在逃亡中
「暁の鷹」って耳にした覚えがあるんだけど、どこでだっけか・・・AC2のクーデター軍?
けどオーシアでのテロ活動だから違うか
der Re・gen[独]
[レーゲン](男性名詞)
雨((英)rain)
NO.004 Karlheinz Litbarski カールハインツ・リトバルスキ
Wal/XB-70
42/MALE/BELKA
95.04.04 「クロスボー作戦」にて撃墜
戦前はベルカ空軍航空試験班に所属。試験飛行時間は6000時間の記録を保持、
開戦まもなく前線に移動。現在は、オーシア国防空軍
航空技術開発顧問に就任する。
ACE/M01/S
Wal[独]
[ヴァール](男性名詞)
(動物)クジラ
No.005 Gerd Vogts ゲルト・フォクツ
Glueck/MiG-21bis
33/MALE/BELKA
95.04.15 「ローゼライン作戦」にて撃墜
過去12回の航空遭難事故を経験、生死に関わる事故も経験しながら
幾度となく生還した逸話は、所属した航空部隊では伝説と化している
退役後はベルカ公国首都、ディンズマルクで生活を営んでいる
Glueck[独]
[](名詞)
(幸せの)青い鳥
※はっきりと意味は判りませんでした。「運」などといった意味合いと思われます
No.006 Lothar Fink ローサー・フィンク
Kritiker/F-1A
30/MALE/BELKA
95.04.15 「ローゼライン作戦」にて撃墜
戦中、核所有情報漏洩の罪状で軍事裁判にかけられるが、証拠不十分で
訴えは棄却、終戦まで軍に在籍したが、上記嫌疑のあおりで以降の軍歴には
恵まれなかった。戦後派反戦活動家として活躍する。
Kri・ti・ker[独]
[クリ[ー]ティカー](男性名詞)
批評家,評論家;(一般的に)批判する人
No.007 Johann Braess ヨハン・ブレース
Storch/A-10A
35/MALE/BELKA
95.04.15 「ローゼライン作戦」にて撃墜
終戦を機に退役、現在は海洋資源開発技術者として、ベルカ北方の
海洋資源開発に従事する。次世代資源として注目される、
メタンハイドレートの採掘に尽力を尽くす
Storch[独]
[シュトルヒ](男性名詞)
コウノトリ((英)stork)
No.008 Manfred Netzer マンフレート・ネッツァー
Wuerfel/Mirage2000D
27/MALE/BELKA
95.04.15 「ローゼライン作戦」にて戦死
171号線空戦に於き撃墜される。回収された機体より遺体及び妻と
幼子に宛てた日記帳が回収される。戦後、その日記は
「愛しき薔薇への手紙」と題され出版、ベストセラーとなる
Wuerfel[独]
[](名詞)
サイコロ
No.009 Herrick Engel ヘリック・エンゲル
Harpune/F-15E
42/MALE/BELKA
95.04.15 「ローゼライン作戦」にて撃墜
元アンファング飛行教導隊隊員、開戦に伴い前線に配属される。
戦時中はB7Rに於いての兵員運用、空戦術などの根本的見直しを提案
終戦後、戦闘に於ける機体損耗率軽減にも尽力した。
ACE/M02/S
Har・pu・ne[独]
[ハルプーネ](女性名詞)
(特に捕鯨用の)銛(もり
No.010 Detlef "RED SWALLOW" Fleisher デトレフ・フレイジャー
Rot 1/Typhoon
28/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて撃墜
95年某日、B7Rに於き撃墜される。負傷を機に地上に降り、
その後は将校として基地指令の道へ進む。終戦後は
ディンズマルク大学所属の歴史学教授とし、日夜教鞭と研究に勤しむ
TACネーム:Stolz[独] 誇り
| ベルカ空軍第2航空師団第52戦闘飛行隊 デトレフ・フレイジャー少佐 「Stolz(誇り)」のTACネームを持つデトレフ・フレイジャーは、その異名に 違わぬ高きプライドを持ち合わせたエースパイロットであった。ベルカ公国 の首都ディンズマルク市に生まれたフレイジャーは陸軍軍人であった父親と 兄の影響から高等学校を卒業の後、迷うことなくスヘインデル士官学校に 進学し軍人としての人生を歩み始めた。そして、極めて端麗な容姿を持つ 彼に、点は二物を与えたといっても過言ではない──冷静且つ大胆な 戦術的思考に対する才能が、瞬く間に頭角を現したのである。父親である ハインツ・フレイジャーは愛国心高き軍人ではあったが、決して優れた頭脳の 持ち主ではなかった。フレイジャーは血筋ではなく、自らの愛国心が生み出す 絶え間ない努力によって、戦術的素質を開花させたのである。 士官学校を当然のように主席で卒業したフレイジャーが進んだのは空軍で あった。ベルカ軍部において空軍が花形とされたのは、当時空軍情報部に 在籍した、情報戦略官ラインハルト・ダール中将の功績によるものとされて いる。そして、一方でフレイジャーを空軍に招いたとされるのも、ダールに 他ならなかったのである。強き愛国心、端麗な面構え、軍人としての才気、 全てを兼ね備えたフレイジャーは、ダールにとって、ベルカ軍(彼にとっては 「ベルカ空軍の」といった方が妥当かもしれない)のプロバガンダ政策に おける恰好の存在であった。しかし、ダールの唯一の誤算となったのが、 フレイジャーが戦闘機パイロットとして戦線の最前線で生きる道を強く志望 したことであった。フレイジャーの持つ愛国心は、その身を呈して祖国に 仕えることを第一としたものであったのである。やがて彼の才気は戦闘機 パイロットとしても如何なく発揮された。むしろ、彼の才能は空という場所を 得て、更なる無限の成長を遂げたともいえる。ダール中将は、彼の商売道具 であるところの広告塔(フレイジャー)が危険な戦場を潜り抜ける度に、生きた 心地がしなかったと後年漏らしている。 フレイジャーの戦績は、1994年5月10日、B7R上空におけるウスティオ共和国 空軍所属の3機のSu-27撃墜に始まる。持ち前の冷静な分析能力は彼を トップエースの座へと押し上げた。1994年5月15日、2回目の出撃に於いて 5機のF-16Cを撃墜、ベルカ銀十字徽章を受賞し、その功績は「紅きツバメ」の 武功として国内に大々的に宣伝されることとなった。広告塔としての人生に 対してはフレイジャー自身、「自分にしか成し遂げることのできない責務」 として大きな任務意識を持っていたと、彼の関係者は口を揃える。 彼の率いる「ロト隊」は空軍内のみならず広く一般にも知られる部隊として、 軍事政権下の国内にセンセーショナルに伝えられ、ベルカ戦争初期の新聞を にぎわすこととなる。エースパイロットとして持ち上げられるほどに、彼を前線 配備から外し安全な背後線へと移そうとする働きが、しばしば彼の周りで 起こった。しかし、フレイジャーは頑なまでに前線での貢献を希望した とされている。しかし、着実に撃墜スコアを伸ばすフレイジャーであったが、 1995年4月20日のB7Rにおける戦闘においてついに自分が撃墜されること となる。その瞬間、張り詰めていた何かが途切れたのだろうか。 不敗の若きエースは地上に降り、将校として基地指令の道を選んだ。 終戦後は戦犯として出廷するも、直刑は免れることとなった。 その後もベルカ国内に彼は残り、ディンズマルク大学で歴史学の教授として 生き続けた。 Published in BELKA,July 3 1995 BELKAN AIR POWER 第一部前編 |
Rot[独]
[ロート](中性名詞)
【1】赤;赤信号;口紅
【2】《無冠詞で》(ドイツ式トランプの)ハート;ハートが切り札のゲーム
No.011 Jurgen Maier ユルゲン・マイヤー
Rot 2/Typhoon
29/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて戦死
ハイスクール卒業後にベルカ空軍に入隊、過酷なトレーニングを
経て、第2航空師団第52戦闘飛行隊に配属される。
ウスティオの「チョーカー・ワン作戦」中に撃墜、戦死
No.012 Helmut Schnellinger ヘルムート・シュネリンガー
Rot 3/Typhoon
31/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて戦死
作戦遂行中に撃墜され、ゲベレー山付近に墜落。遺族団による遺骨回収
捜査も行われたが、機体の残骸以外は発見されていない。
政府による公式報告に対し、遺族は現在でも不満を訴えている
No.013 Karl-Heinz Sammer カールハインツ・ザマー
Rot 4/Typhonn
28/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて戦死
ウスティオの「チョーカー・ワン作戦」中に撃墜され戦死。
直接原因は脱出装置不具合による全身打撲と推定。
遺体は山中から奇跡的に発見、遺族に返還された。
No.014 Otto Haber オトー・ヘイパー
Tausend/X-29A
32/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて撃墜
戦争終結と共に空軍を除隊、軍出身者を集めた民間調査会社を設立。
情報によるとその業務内容に不明な箇所は無く、
オトー・ヘイパーを含めた社員の危険度も低いものと推定。
Tau・send[独]
[タオゼント](中性名詞)
【1】(単位を表して)1000,千個,千人((略)T, Tsd.)
【2】何千,多数
No.015 Bernhard "OWL" Schmidt ベルンハルト・シュミッド
Grun 1/F/A-18C
38/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて撃墜
戦場を読み取るその眼力から、「緑の梟」と呼ばれた。
B7Rに於いての、ウスティオ傭兵部隊との交戦にて撃墜
退役後は以前住んでいた街に戻り、現在も同地区に居住する
TACネーム:Rowdy[独]
Row・dy
[ラオディ](男性名詞)
乱暴者、ごろつき
| ベルカ空軍第10航空師団第8戦闘飛行隊 ベルンハルト・シュミッド大尉 街頭で行われていた政党演説は、一人の男の心を鷲掴みにし、自由な 大空へと彼を放り上げた。その男と名はベルンハルト・シュミッド。 後に「梟の目を持つ男」の名で、周辺国のパイロットから恐れられることに なった、ベルカ空軍を代表するエースパイロットの一人である。だが、彼の 経歴はいわゆるエリート達のそれとは大きく異なっている。シュミッドは スーデントールの下町に生まれ、そして、彼が育った環境は決して恵まれた ものではなかった。自然と彼の人生は社会の暗部へと引き寄せられた。 冴えないチンピラとして、時には汚い仕事に手を染め、時には汚れた金に 手を出し──そんな日々を1990年までは過ごしていた。しかし、ある日彼に 転機が訪れる。当時急進右派として議席数を拡大させていたベルカ民主 自由党の演説は、信ずるに足る対象に飢えていた彼の心を見事なまでに 射抜いたのである。 愛国心に目覚めたシュミッドは、花形とされていた空軍へと入隊する。 当時のベルカ軍のプロバガンダは巧妙で、シュミッドのような志願者は後を 絶たなかった。その中でシュミッドがエースパイロットの座にまで上り詰めた のは、優れた状況把握能力の賜物であったと言わざるを得ない。社会の 底辺で生き残る術を身につけた彼は、同様に大空においても、常に狡猾に 生き残り続けた。シュミッドは戦況を読む目に優れており、それは、戦場に 於いてHUDや計器に表れない「場の流れ」を常に敏感に察知したのである。 1994年3月21日の出撃時には、被弾により大半の電子計器が機能しなく なった状況でF-15Cと対等に渡り合って最終的に撃墜した記録が残されて おり、彼の能力の高さを十分に物語っている。 また、シュミッドを語るには、彼の率いる「グリューン隊」の面々についても 触れなくてはならない。ベルカ空軍は厳しい規律を持つ一方で、広くから 才能を集める懐の深さも兼ね備えた組織であった。第10師団で軍規違反の スコアを稼いでいた、腕利きの厄介者達で構成されたのが「グリューン隊」 であった。いずれのパイロットも指揮官が匙を投げた問題児であったが、 それは多くのパイロット達が武勲を挙げることに焦り生き急ぐ中で、彼らが 生き残ることのみを追求していたためであったともいえる。 思想が異なっていたのである。それだけ、彼らの主義はベルカ空軍の中 でも珍しいものであったが、それを包括してしまう組織の柔軟性が、 ベルカ空軍の強さの一員であることは疑う余地は無い。 戦闘に於いて明確なフォーメーションを持たず、状況に応じて臨機応変に 隊形変化させて標的を絡め捕るのがグリューン隊の戦法であった。戦術を 呼ぶには疑問が残る戦法ではあるが、シュミッドをはじめとする隊員一人 一人の状況を読む目が発揮された時、グリューン隊は全てが計算され 尽くしたかのような戦術を展開することになった。数々の戦場を生き残ること をしじょうとして輝かしい功績と共に渡り歩いてきたシュミッドは、B7Rにおいて ウスティオ共和国空軍機に撃墜された後も幾度となく前線に赴き、連合軍機を 相手にスコアを稼ぎ続けた。結局、持ち前のしぶとさは彼を戦死させること は無く、生きて終戦を迎えた彼は生まれ故郷のスーデントールへと戻ること になった。その後の消息は不明である。 Published in BELKA,July 3 1995 BELKAN AIR POWER 第一部前編 |
Grün[独]
[グリューン](中性名詞)
【1】緑,緑色((英)green)
【2】(木や草の)緑;緑野
【3】(信号の)青
【4】(ゴルフの)グリーン
【5】(ドイツ式トランプで)スペード,グリューン
No.016 Fabian Rost ファビアン・ロスト
Grun 2/F/A-18C
29/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて撃墜
ベルカ戦争終結後に失踪。現在は圧政下の東部小国解放義勇兵として
活動との情報もあるが、詳細については不明である
No.017 Ulf Scholl ウルフ・ショル
Grun 3/F/A-18C
28/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて戦死
ベルカ空軍アカデミーを主席で卒業、その後空軍に入隊。開戦以前より
配属されていた、第10航空師団第8戦闘飛行隊に置き初実践参加、
同部隊に於き、23回目の出撃にて撃墜される。
No.018 Fritz Forster フリッツ・フェルスター
Grun 4/F/A-18C
26/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて戦死
ベルカ空軍には、テストパイロットとして採用。類稀なる飛行技術で
徐々に頭角を現し、開戦直前は前線部隊へ正式異動。
その数ヵ月後に戦死、遺体は未回収。
No.019 Arne Babbel アーネ・バッベル
GrauFalk 1/TNO-GR.4
38/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて戦死
B7R南方で大きな戦果を挙げた、グラオファルケ隊1番機に搭乗。
92年に第5航空師団から第3航空師団第4飛行隊に異動、対地攻撃では
ベルカ空軍の中でもトップクラスの成績を残した。
grau[独]
[グラオ](形容詞)
【1】灰色の,ねずみ色の,グレーの((英)gray)
【2】単調な,退屈な
【3】遙(はる)かな
Fal・ke[独]
[ファルケ](男性名詞)
【1】タカ,ハヤブサ
【2】〔ふつう複数で〕タカ派の人
No.020 Maik Baumann マイク・バウマン
GrauFalk 2/TNO-GR.4
35/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて戦死
グラオファルケ隊の2番機に搭乗。部隊長であるアーネ・バッベルとは
第5航空師団所属時から面識があった。B7R南方で戦果を挙げた
ベテランパイロットであったが、ガルム隊に撃墜され戦死
No.021 Dimitri "INDIGO HERON" Heinreich デミトリ・ハインリッヒ
Indigo 1/JAS-39C
31/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて撃墜
95年、B7R空戦に於き傭兵部隊と接触、撃墜される。
意識不明のまま病院へ搬送、一命は取りとめる。
現在は家業を継ぎ、多忙な日々を過ごしている。
TACネーム:Baron[独]
[バローン](男性名詞)
男爵(伯爵Grafと騎士Ritterの間の爵位)(=Freiherr)
| ベルカ空軍第7航空師団第51戦闘飛行隊 デミトリ・ハインリッヒ中佐 「藍鷲」の名を持つハインリッヒは、東部戦線の雄として知られている。 通算54機の撃墜記録を持ち、この記録からもベルカ戦争時のトップエースの 一人であることは疑う余地もないだろう。彼の生まれたハインリッヒ家はベルカ 騎士団の血脈を引き継ぐ王侯貴族の末裔であり、中世期にはベルカ王朝の 一大勢力として、政治・戦争の舞台に多大なる影響を及ぼしたとされている。 現代においてハインリッヒ家は貿易の世界に活躍の場を移し、いまだ残る 政治・経済界への太いパイプを利用しつつ家業を営んでいる。 表向きは軍事の世界から身を引いていたハインリッヒ家であったが、ベルカ 騎士団としての誇りと力は水面下において現代まで脈々と受け継がれており、 四男として生まれた彼が、ベルカの正当性を護る愛国心から、軍に入隊した ことはさほど不思議な出来事ではなかった。 空線技術において、早くからその才能を開花させたハインリッヒは、確実に 撃墜スコアを稼ぎ、1988年には、入隊から7年で中佐にまで昇進した。 1992年に急進右派であるベルカ民主自由党が最大議席を獲得し事実上の 政権交代が起きた際に、元ベルカ貴族を中心とする勢力が軍部への影響力を 強めたとされている。が、ハインリッヒは生まれの有利さに奢ることなく、自らの 腕によってのみトップエースの座に登りつめた。彼は、初出撃の時からベルカ 戦争の終戦時まで、一貫してJAS-39Cに乗り続けた。JAS-39Cの持つ優れた 加速性能は彼が率いる「インディゴ隊」の戦術スタイルにとっての要求条件を 高いレベルで満たした。その白き翼にはベルカ騎士団章にも用いられている 「藍色」の十字が鮮やかに彩られていた。 彼の名を一躍有名たらしめたのが、1995年3月27日、東部戦線のゲベート 国境で行われたモーデル制圧戦である。ハインリッヒ率いるインディゴ隊は、 ファト連邦のF-14Dからなる航空機部隊(第3航空師団第122飛行隊機とされて いる)を開戦の後5分間の間に9機撃墜したとされている。 当時、ベルカの東部に位置する諸国は、ベルカが初期の段階において 制圧下においた地域であり、ファトやゲベートなどは戦線を構築する間もなく、 次々とベルカに奪われていったのである。その結果、東部戦線に位置する ベルカ空軍にとって、同時にそこは格好の撃墜数稼ぎの地でもあった。 錬度が低い東側諸国の空軍力に対し、ベルカの空軍力は20年近く先に進んで いたとも言われる。この点において、東部戦線に配備されていたインディゴ隊は 運が良かったといえなくもない。ハインリッヒは中佐に昇進した際に、 第51飛行隊の司令としても任命されていた。堅実な彼はデスクワークを確実に こなす一方で、撃墜スコアも着実に伸ばしていった。 しかし、1995年4月20日、東部戦線の防空から、急遽B7Rへの出撃を命じられる。 B7Rでの空戦自体、インディゴ隊は既に何度も経験済みであった(B7Rに おいても相当のスコアを叩き出していた)が、ついに、ハインリッヒのパイロット 人生も最期が訪れる。遭遇した連合軍の航空機部隊に撃墜された彼は一命を 取り留めたものの重傷を負い、意識不明のまま3ヶ月間生死の狭間を彷徨い つづけた。3ヶ月の昏睡状態の後、彼は目を覚ましたが、その時既に戦争は 終結しており、彼は軍を離れることとなった。 現在はハインリッヒ家の家業である貿易会社の経営に身を費やしていると 言われている。 Published in BELKA,July 3 1995 BELKAN AIR POWER 第一部前編 |
In・di・go[独]
[インディゴ](男性名詞)
インディゴ,インド藍(染料の一種)
No.022 Berti Beckenhauer ベルティ・ベッケンバウアー
Indig 2/JAS-39C
31/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて撃墜
戦後は言語学者、思想家として成功、歯に衣着せぬ言動から
一時は公安当局からもマークされる。「認知言語学理論」、
「非戦戦士」など著書多数。
No.023 Mathias Overath マティアス・オベラート
Indigo 3/JAS-39C
29/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて撃墜
戦争終結後オーシアへ移住、航空宇宙局からのからのヘッドハントで
宇宙飛行訓練を受ける。後年、「リバティー7計画」に参加、
宇宙空間での連続飛行時間、72時間52分の記録を樹立する。
No.024 Franz Breitner フランツ・ブライトナー
Indigo 4/JAS-39C
32/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて撃墜
戦争終結後、国際児童基金団体の職員として世界各国を訪問。
災害支援活動で訪れた村に於き、民族解放戦線ゲリラとの銃撃戦に
巻き込まれ殉死。
No.025 Elmar Hahn アルマー・ハーン
Amsel/F-16XL
27/MALE/BELKA
95.04.20 「チョーカー・ワン作戦」にて撃墜
旧ベルカ軍兵士により組織されたテロ組織「暁の鷹」に参加。
公開されている、「ミューラー信託銀行襲撃事件」の犯行声明映像に、
ハーンらしき人物の姿が確認されている。
ACE/M03/K
Am・sel[独]
[アムゼル](女性名詞)
(鳥)クロウタドリ(ツグミの一種)
No.026 Monika Starke モニカ・スタルケ
Bachstelz/F/A-18C
27/FAMEL/BELKA
95.04.24 「ラウンドハンマー作戦」にて戦死
ベルカ空軍アカデミー卒業後、ベルカ空軍へ入隊。
戦中派フトゥーロ運河地上施設の防衛を主任務としていた。
撃墜までの戦果は、兄フレディ・スタルケと共に高く評価された。
Bach・stel・ze[独]
[バハ・シュテルツェ](女性名詞)
(鳥)セキレイ
No.027 Heiko Reck ハイコ・レック
Gabel 1/F-5E
29/MALE/BELKA
95.04.24 「ラウンドハンマー作戦」にて戦死
フトゥーロ運河制空を主任務とする、ガーベル隊1番機に搭乗。同隊は
ジャカール隊、ポストラー隊と並び、「フトゥーロの風」と称され、
各地で制空の要となる。「ラウンドハンマー作戦」中に戦死。
ACE/M04A/M
die Ga・bel[独]
[ガーベル](女性名詞)
【1】フォーク((英)fork)
【2】くま手
【3】(木・枝の)股;(電話の)受話器掛け;(自転車の)フォーク;(車の)轅(ながえ)
【4】(チェスの)両当たり
No.028 Fredi Starke フレディ・スタルケ
Gabel 2/F-5E
30/MALE/BELKA
95.04.24 「ラウンドハンマー作戦」にて戦死
40年代のベルカ空軍トップエース、ヨナス・スタルケを祖父に持つ。
空軍アカデミーを優秀な成績で卒業、フトゥーロ運河では艦隊防衛隊と
してガーベル隊2番機に搭乗。「ラウンドハンマー作戦」にて戦死。
ACE/M04A/M
No.029 HUgo Pracham ヒューゴ・パルチャム
Moewe/F-35C
29/MALE/BELKA
95.04.24 「ラウンドハンマー作戦」にて戦死
ベルカ海軍所属、90年から95年にかけて海軍トップエースとなる。
フトゥーロ運河攻略戦にてガルム隊と遭遇、迎撃任務を受け
空母「ニヨルド」からスクランブル発進するが撃墜される。
ACE/M04A/M
Moewe[独]
[](名詞)
(鳥)カモメ
No.030 Markus Schuster マルクス・シュスター
Elch/F-15C
40/MALE/BELKA
95.04.24 「ゲルニコス作戦」にて撃墜
「戦時に於ける一般市民に対する人権侵害行為」の名目で逮捕される。
国際軍事裁判の判決は、136年の禁固刑及び全財産の没収。
実質、どのような恩赦に於いても、存命中に釈放される見込みはない。
どんな悪行したんだか・・・
Elch[独]
[エルヒ](男性名詞)
(動物)ヘラジカ,オオシカ
No.031 Marco Metzelder マルコ・メッツェルダー
Schakal 1/Mirage2000D
29/MALE/BELKA
95.04.24 「ゲルニコス作戦」にて撃墜
戦後、ベルカ軍を退役、帰国後帰還兵保護プログラムの恩恵で、
ディンズマルク大学へ入学、経済学を専攻する。
現在は、スーデントールを拠点とする大手民間企業に勤務する
Scha・kal[独]
[シャカールまたはシャーカール](男性名詞)
(動物)ジャッカル
No.032 Jorg Lehmann ヨルク・レーマン
Schakal 2/Mirage2000D
31/MALE/BELKA
95.04.24 「ゲルニコス作戦」にて戦死
88年にベルカ空軍を退役。その後傭兵とし世界各地の
戦場をまわるが、ベルカ戦争開戦を機にベルカ空軍に復帰。
フトゥーロ運河で被弾、戦死。
No.033 Rudolf Haber ルドルフ・ヘイバー
Hundert/X29A
27/MALE/BELKA
95.04.24 「ゲルニコス作戦」にて撃墜
ベルカ戦争から実戦を経験し、対ウスティオ戦線に於いて頭角を現す。
若年ながらベルカ空軍第9航空師団の中では、最高の戦果を挙げた。
現在では、兄オトー・ヘイパーの通信会社「タウンゼント社」に勤める。
ACE/M04B/S
あれ?兄が設立したのは民間調査会社では?
Hun・dert[独]
[フンダート](中性名詞)
【1】(単位を表わして)100,百個,百人((略)Hdt.)
【2】何百,多数
No.034 Daniel Bierofka ダニエル・ビーロフカ
Wetterhahn/F-1A
29/MALE/BELKA
95.04.24 「コスナー作戦」にて撃墜
フトゥーロ運河攻略に於いて、オーシア艦隊の爆撃任務を受ける。
艦隊護衛機の隙を突いて爆撃を試みるが、ガルム隊により撃墜される。
終戦後、自動車販売員の職に就き、一般市民として生活している。
Wet・ter・hahn[独]
[ヴェッター・ハーン](男性名詞)
風見鶏
No.035 Dietmar Wolf ディトマール・ヴォルフ
Absender/TNO-GR.4
33/MALE/BELKA
95.04.24 「コスナー作戦」にて撃墜
フトゥーロ運河空戦に於き、連合軍側捕虜となる。戦争終結後、
BC級戦争犯罪容疑で起訴。原告側証人の曖昧な証言から嫌疑は棄却、
無罪となる。現在はサピン王国に永住する。
Ab・sen・der[独]
[アップ・ゼンダー](男性名詞)
【1】差出人,発送人((略)Abs.(英)sender)
【2】差出人の住所,氏
No.036 Karl Eckmann カール・エックマン
Postler 1/Su-27
34/MALE/BELKA
95.04.24 「コスナー作戦」にて撃墜
連合軍から「旋風」と恐れられた、ポストラー隊1番機に搭乗。
格闘戦に於き、ポストラー隊の連携攻撃は連合軍の脅威となる。
現在は、ベルカ公国内で運輸会社を経営する。
ACE/M04C/--
Post・ler[独]
[ポストラー](男性名詞)
(ドイツ南部・オーストリアで)郵便局員
No.037 Klaus Eckmann クラウス・エックマン
Postler 2/Su-27
34/MALE/BELKA
95.04.24 「コスナー作戦」にて撃墜
連合軍から「旋風」と恐れられた、ポストラー隊2番機に搭乗。
戦後は身内と共に運輸会社を経営する。現在、会社は北ベルカ最大手の
運輸会社に成長している。
ACE/M04C/--
ポストラー隊は双子の兄弟部隊のようですね。珍しい。
それに、NO.035Absender/差出人が居れば、郵便配達員も居る、と
あとは受取人ですね(笑)
No.038 Albrecht Klos アルグレクト・クロス
Fischer/A-10A
35/MALE/BELKA
95.05.12 「ヴァーシティー作戦」にて撃墜
ソーリス・オルトゥスの空戦で撃墜される。2003年、その身柄は
オーシア情報捜査局により発見される。記憶障害の症状があるため、
シーニグラードで隠遁生活を続けていた模様。現在は親族と暮らす。
Fi・scher[独]
[フィッシャー](男性名詞)
漁師,漁夫;釣り人((英)fisherman)
No.039 Gunter Muller ギュンター・ミュラー
Trinker/F-16C
33/MALE/BELKA
95.05.12 「ヴァーシティー作戦」にて撃墜
「鉄人」の異名を持つミュラーは、連合軍の「ヴァーシティー作戦」に
於き被弾、腹部に重傷を負うも、ひと月で戦線復帰した。現在は
ベルカ公国の首都、ディンズマルクに於き飲食店を経営する。
Trin・ker[独]
[トリンカー](男性名詞)
酒飲み;アルコール中毒者
No.040 Thomas Hein トーマス・ハイン
Dichter/F-16XL
33/MALE/BELKA
95.05.12 「ヴァーシティー作戦」にて行方不明
NO RECORD
Dich・ter[独]
[ディヒター](男性名詞)
詩人;作家((英)poet)
No.041 Robert Gloden ロベルト・グローデン
Spieler/F-2A
29/MALE/BELKA
95.05.12 「ヴァーシティー作戦」にて撃墜
ベルカ空軍第9航空師団第17戦闘飛行隊に所属。
96年ベルカ空軍を退役。現在は中立国サンサルバジオンに移住、
海辺で小さなホテルを経営し、戦争とは無縁の生活を営む。
この時はユリシーズ戦争真っ只中じゃないの!?
der Spie・ler[独]
[シュピーラー](男性名詞)
【1】プレーヤー,選手;ゲーム参加者((英)player)
【2】賭け事の好きな人,ギャンブラー
【3】演奏者;俳優
→THE BELKAN WAR ASSAULT RECORDS Vol.2
→THE BELKAN WAR ASSAULT RECORDS Vol.3
→THE BELKAN WAR ASSAULT RECORDS Vol.4


アサルトレコードのまとめ、自分でもやろうと思っていたのですが、このような労作があることを知り驚いています。
ロベルト・グローテンは実は04の戦災孤児の少年の父親では、と思っているのですが、さてどうでしょう。
イギリスのB&B的なものなら、04のグラフィックスみたいな感じでも合致するかなと思います。
>ロベルト
なるほど。それも良いですね
元戦闘機乗りの運営するホテル。
しかし、サンサルバジオンが占領される前に、少年の家に戦闘機が墜落して父親は死亡してしまいます
ユリシーズ戦争勃発は2003年
メビウス1出撃は2004年
このアサルトレコードは2005年のもの(と思われる)なので時代的に食い違ってきてる気がするのですが
この記事は私でも見難いと思っていますので、是非マグナカルタさんもまとめてみて下さい
BLOGで作るのには限界があります
>このアサルトレコードは2005年のもの(と思われる)
ただ、まさにご指摘の通り
>ユリシーズ戦争真っ只中じゃないの!?
なので、必ずしも2005年とは限らないのかなと。
アサルトレコードの全ての記述に目を通したのですが、確認できる最も最新の年が2003年なんですよね。
だから、ユージア大陸戦争のせいで全体的にアップデートがされていないのかな、という解釈も有り得るのかなと思っています。
情報が公開されたのが2005年だとしても、情報を入手したのは2003年以前かもしれないということですね
サンサルバジオンが占領されてからは情報統制がしかれたでしょうし、衛星が破壊されてノースポイントからのTVが見れなくなったという話も04ではありましたしね