飛行時間は17時間・・・長かった・・・
SPミッションに登場するメビウス1も撃墜したし!
難易度ACEは全てSで埋めたし!
あとは・・・全機体の購入とNORMALとHARDをSで埋めることですね
先はまだ長い・・・
んでまぁ、プレイしながら思ったことは
ベルカ戦争の流れってイマイチ把握できてないなぁ・・・と
なら歴史表をつくっちまえ!ってなもんで以下に記載
未プレイの人は見ないほうがいいです。あしからず
ちなみに緑文字はソフトバンクパブリッシング発行の「ACE COMBAT5 THE UNSUNG WAR PERFECT GUIDE」に記載されていた「15年前の戦争の真実」よりの出典
赤文字が今回の「ACE COMBAT ZERO THE BELKAN WAR」の作戦内容からのものです
黄色文字が公式WEBからの情報
A RECORD OF THE BELKAN WAR
1973年〜1985年の間
レクタ紛争
この頃のベルカは東方諸国を軍事的圧力によって自らの政権下におさめる一方で、
国境付近では互いの民族主義を掲げた紛争が頻発していた
レクタ紛争はその一つであり、第一期ズィルバー隊が活躍する。
1985年
ヴェーレ事件
ベルカ北方のクレセンス島の沖合いで発生した所属不明機による領空侵犯事件
ベルカ空軍第51航空師団105戦闘飛行隊、第一期ズィルバー隊がこれを撃墜する
1986年
ユークトバニア南部国境地帯でチュメニ紛争勃発
ジトミル制空戦に於いてドミニク・ズボフの所属するユークトバニア第9師団第112戦闘飛行隊が
カルガ共和国空軍の北部方面隊を壊滅させる
1987年
ユークトバニア南部にあるロムヌイ共和国でヘウム政権によるクーデター発生
ドミニク・ズボフの所属するユークトバニア第9師団第112戦闘飛行隊が鎮圧
1987年12月17日
ベルカ公国を盟主とする連邦制時代。
軍事支出の拡大に伴い、東部諸国に政治権限の多くを移譲し、駐留軍はベルカ本国へ撤退
1988年2月8日
東部諸国の一国がベルカ連邦からの最初の独立国となる
首都をMonsとした国家の独立(ウスティオの北部にあるGEBETか)
1988年5月12日
東部のもう一方の国家もベルカ連邦から独立。分離独立の気運拡大
潜在的な地下資源が期待されているこの地の独立運動の影にはオーシア系資本の支援があったとされる
ウスティオ共和国の独立
1981年8月29日
北部領土をFATO(東部周辺諸国)へ安く売却
ベルカ連邦に残った地域を東部周辺国家へ売却。
この頃からベルカ連邦の経済は悪化し、失業者が増加する
ベルカは経済活性化のため、自国の五大湖南北帯と北方諸島をオーシアへ割譲
領土の割譲に際して、オーシア政府はベルカ連邦に有利な配当条件でオーシア領内の
五大湖天然資源開発会社の共同経営計画を提案。
経済難のベルカはこれを受け入れる。
ベルカはこの開発計画があったからこそ五大湖南北帯と北方諸島の割譲を行ったが
五大湖に眠る天然資源の調査報告は、実はオーシア政府によって誇張されていた。
1991年12月16日
領土改革が行われ、国境は以下の図の通りとなる
極右政党がベルカ連邦の政権を獲得。「強く偉大で正当なベルカの回復」を掲げた
強力な指導力の元、三権分立は実質的に消失。軍備増強が進み、
その中で「大量報復兵器V2」の開発が秘密裏に始まる。
時を同じくしてベルカの連邦最高裁は「連邦法改正は違憲。外国の侵略的干渉に基づく
東部諸州の独立は無効」の判決を下す。ベルカ全土に動員令が発せられ、兵力が国境に集結。
このころ、ベルカ連邦からの売却地域の一部の氷に覆われた未踏の高山地帯で
豊富な天然資源が発見される。ベルカ連邦最高裁判所が「独立無効」の判決を下したのは
この領土を取り返す大義名分を立てるためであった。
1994年3月21日
ベルンハルト・シュミッド初出撃
F-15C撃墜する
1994年5月10日
デトレフ・フレイジャー初出撃
B7R上空に於いてウスティオ共和国空軍所属の3機のSu-27撃墜
1994年5月15日
デトレフ・フレイジャー2回目の出撃に於いて5機のF-16Cを撃墜
ベルカ銀十字徽章を受賞する
1995年3月25日
ベルカ戦争開戦。ベルカ連邦軍が旧独立国の国境を越える
1995年3月27日
モーデル制圧戦
ベルカとゲベートの国境にて、ゲベート・ファト連邦両国と戦闘
デミトリ・ハインリッヒ率いるインディゴ隊は、
ファト連邦のF-14Dからなる航空機部隊(第3航空師団第122飛行隊機とされている)を開戦の後5分間の間に9機撃墜した
1995年3月30日
モンテローザ上空でベルカの第22航空師団第4戦闘飛行隊シュネー隊と
ウスティオ空軍第4航空師団の2個戦闘飛行隊が交戦
シュネー隊隊長エリッヒ・ヒレンベランドが6機の撃墜スコアをマークする
ウスティオ共和国の殆どはベルカ政権下に置かれる。
南部独立国連合軍は、ベルカ空軍によって完全に制空権を奪われ壊走
ベルカ連邦は占領地域を拡大しつつ、なおも前進を続ける
1995年4月1日
オーシアとの連合軍の反抗が始まる
1995年4月2日 13:00
クロスボー作戦
当時、ウスティオ最後の砦となっていたヴァレー空軍基地に進軍してきた
ベルカ爆撃機をウスティオ傭兵部隊である第6航空師団第66飛行隊”ガルム隊”が撃墜
1995年4月3日
オーシア軍が反抗を開始。少数精鋭のベルカ空軍は、戦域が拡大するにつれて
地上支援をこなしきれなくなり、ベルカの進撃は休止する。
オーシア軍は、その間に体勢を立て直した。
生還していた周辺国も戦後の旧独立国の資源の利権を目当てに次々に参戦し、
開戦後一ヶ月にしてベルカの戦線が各所で破れ始める。
1995年4月15日 10:20
ローゼライン作戦
ウスティオ解放に向けた陸路確保のため、
ベルカによって封鎖されたアルロン地方にある幹線道路171号線を奪還する
1995年4月20日 11:20
チョーカーワン作戦
ベルカ絶対防衛空域B7Rへ偵察に赴いたガルム隊が敵部隊と交戦する
実際は連合軍海上部隊進軍のための囮であった。
1995年4月24日 11:40 ゲルニコス作戦 航空部隊、港湾施設撃破の対地対空任務
1995年4月24日 12:00 ラウンドハンマー作戦 艦隊、港湾施設撃破の対地任務
1995年4月24日 12:20 コスナー作戦 オーシア第三艦隊防衛任務
これらを総称してオーシア合同作戦 戦域攻勢作戦4101号と言う
連合軍水上輸送路確保のためのフトゥーロ運河に於けるベルカ一掃作戦である。
この日、オーシア空母ケストレルの試験航行
また、オーシア・ウスティオ両国軍が正式に連合軍と名乗る。
1995年5月12日 05:00
ヴァーシティ作戦
ベルカに占領された、ウスティオ首都ディレクタス近郊にあるソーリス・オルトゥスにおける
オーシア第101空挺部隊による降下作戦支援のためガルム隊が赴く
この作戦の成功により、ディレクタス解放の足がかりとなる。
1995年5月13日 16:30
コンスタンティーン作戦
ウスティオ空軍第六航空師団による首都奪還作戦が行われ、
ディレクタスの解放に成功
旧独立国解放。勢力図は開戦前に戻る
1995年5月17日 16:20
ヘルバウンド作戦
ベルカの大量報復兵器V2開発計画が発覚
首脳陣により、核査察と資源権益確保を確約するためベルカへ進軍することを決定
オーシア南部国境からサピン王国を700kmに渡ってまたがるベルカの防御線ハードリアン・ラインを突破するため
イブレア山山頂に位置する遺跡要塞グラティサントを上空から爆撃する
この作戦の同時刻、ウスティオ国境から侵攻した別部隊が正体不明の攻撃により壊滅する
1995年5月19日 15:30
ダイナモ作戦
連合軍の空中補給路確保のため、南ベルカ中央にあるシェーン平原に横たわる
ベルカ第二次防衛ラインの地上施設、迎撃機を撃破する
が、ベルカの秘密兵器により、連合軍空輸部隊は撃墜される。
1995年5月23日 14:00
ジャッジメント作戦
ベルカの長距離攻撃兵器・対空防衛化学レーザー兵器エクスキャリバーを破壊する
1995年5月28日 12:00
バトルアクス作戦
電撃的に始まったB7Rに於ける連合軍によるベルカ進撃作戦
大規模な空戦が繰り広げられ、後に鬼神と呼ばれるガルム隊1番機サイファーの活躍によって作戦は成功
連合軍の進軍は大きく進み、ベルカの壊走が続くことになる。
この戦闘中にベルカよりウォルフガング・ブフナーがこの戦闘空域に逃げ込み、
追ってきたシュヴァルツェ隊を撹乱。撃墜を装い逃亡する。
1995年6月1日 23:10
カニバル作戦
ベルカの軍需産業を根絶やしにするという名目で、連合軍はベルカ工業都市ホフヌングの地上施設を爆撃
ベルカ軍は連合軍に工場を明け渡すことを嫌い、自らの街を爆撃、火を放ち転進する。
1995年5月14日〜6月4日
ベルカ南方の各都市が非武装都市宣言を行い、オーシアと独立国などの連合軍に対して無血開城する
しかしベルカの北方地域は徹底抗戦の構えを崩さず、南ベルカとの境界であるスーデントール市で
全軍の撤退時間を稼いだ。こうしてスーデントール市は最終決戦の地となり、
ベルカ軍はシュティーア城を本拠とする
1995年6月5日
バルトライヒの決戦。連合軍はスーデントール市の包囲に3個軍を残して転進、
山脈の細い退路で立ち往生するベルカ軍に襲い掛かる
1995年6月6日 14:50
ラヴェージ作戦
ガルム隊は工業都市スーデントール周辺のベルカ残存部隊を掃討するため出撃
バルトライヒ山脈上空にて核兵器を搭載しウスティオに向かうベルカ爆撃機と遭遇する
これを撃墜するが、他7発の核兵器が起爆する
この時、ガルム隊2番機ピクシーが行方不明となる
ベルカ軍はバルトライヒ山脈で7発の核を使用する。
自国内での核兵器の使用を想定していなかった連合軍は混乱。
その背後から包囲を突破したベルカのスーデントール篭城軍が最後の突撃を敢行する
1995年6月13日
ストーンエイジ作戦
ベルカ北西部イエリング鉱山周辺に於いて、敵残存部隊の集結が確認される
既にベルカ戦争は実質的終結を迎え、連合軍指導によるベルカ暫定的新政権は発足したが、
政治改変、軍部解体命令に従わない師団が存在していた
1週間前に行方不明になったガルム隊2番機に、
第4飛行小隊クロウ隊3番機だったPJを迎えた新生ガルム隊がこれを撃破
作戦遂行中、巨大なハンガーを発見する
1995年6月20日
凄惨な戦いの末、国力で勝る連合軍側が勝利。
バルトライヒ以南のベルカ軍は全軍武装解除し、戦争は終結。
連邦は解体され、公国領の一部のみが残った。
ブルーム作戦
南ベルカ国境沿いのルーメンで行われるベルカ暫定政府による降伏文書の調印式に
抵抗するベルカ残党部隊がベルカ北東部の海岸アンファングに集結
現在の政局を踏まえ、傭兵部隊による極秘単独任務が行われ、これらを壊滅させる
16:00 マーズ 敵艦隊・海岸の地上勢力掃討
16:00 マーキュリー 敵地上部隊・敵戦闘機部隊掃討
16:20 ジュピター 制空権確保を目的とした空対空任務
これらを総称してブルーム作戦と言う
戦後、戦犯としての追及を逃れるため、ベルカの一部将校が地下に潜伏する
この戦争で敗戦の屈辱を受けた彼らは、15年後にオーシア、ユークトバニアを戦争へ導く
また「V2さえ完成していれば・・・」という所謂V2神話が生まれ、
潜伏していた技術将校たちは戦後開発を再開していた。
∫
空白の半年・・・
∫
1995年12月25日 15:10
ヴァルキューレ作戦
ベルカ軍上級将校らによる「国境無き世界」を名乗るクーデター軍が
巨大ガンシップ「XB-0」により、ルーメンを襲撃
その後、ヴァレー空軍基地も襲撃する
ガルム隊がシュティーア城上空にてこれを撃墜
1995年12月31日 11:00
サンダーボルト作戦
クーデター軍「国境無き世界」はベルカ・オーシア・サピンによる大規模な多国籍クーデター軍と判明
北ベルカのムント渓谷に位置するアヴァロンダム地底施設をベルカ軍より接収し
試作段階の大量報復兵器V2を配備していることが判った
これを破壊するためガルム隊がヴァレー空軍基地よりB7Rを越え進軍
B7Rにてクーデター軍と戦闘になるがこれを撃破
別ルートから進軍する連合軍と合流し、アヴァロンダムへ向かう
1995年12月31日15:00
ポイントブランク作戦
アヴァロンダムに配備されている強力な対空防衛網を突破するため、
連合軍航空部隊が上空にて対空砲火を引き付けている隙に
連合軍攻撃部隊と共にガルム隊が渓谷沿いに低空侵入
V2発射制御施設を破壊する
1995年12月31日15:10
施設は破壊したものの、制御システムは再起動し、V2は発射されてしまう
が、ガルム隊1番機サイファーにより、V2制御システムを搭載した戦闘機ADFX-02を撃墜
V2起爆阻止に成功する
以上がこの戦争の真実
間違ってる部分、加えた方がいい部分がございましたら是非コメント下さいな


停戦が結ばれるトコロ
もうちょっと大々的に取り上げて欲しかったかな
アンファングでのミッション中にPJが
「もう戦争は終わったんだ!」と言うくらいで
え、戦争終わってるの?という感じが